経済

経済史を学ぶには、経済学部と文学部のどちらを選択した方が良いと考...経済

経済学や経営学を勉強するには、取りあえずどんな本を読めば良いですか?

経済学や経営学を勉強するには、取りあえずどんな本を読めば良いですか?

経済学はやはり”資本論”でしょう。
世界的なベストセラーですし。

なんだかそういう思想的なのではなく、実用的なものを読みたいのです。>

経済原論とミクロ、マクロ経済は違うものなのですか?

経済原論とミクロ、マクロ経済は違うものなのですか?

「ミクロ経済学」や「マクロ経済学」というのは、経済学の分野名です。
それに対して「経済原論」というのは、公務員試験の科目名です。
公務員試験の「経済原論」という科目で「ミクロ経済学」や「マクロ経済学」の内容が扱われる、ということです。
公務員試験以外でミクロ経済学やマクロ経済学のことを「経済原論」と呼ぶことは通常ありません。
東大などの一部の大学では「マルクス経済学」のことを「経済原論」と呼んでいたりします。

すべて宗教です。
学問では、ないです。
証明が統計としている時点で狂っています。>そもそも経済のあらゆる動きと言うのは人間の考える論理とは必ずしも一致しない動き方をしているものであり、経済学と言うのは本来はその人間が把握できていない動きを人間が把握できるように理論化しようとする学問です。しかし経済の動き方はあまりに複雑ですから、経済が動く法則性の全てを並べ立てても人間の脳の方で理解しコントロールしきることができないのです。従いまして状況に応じて経済をどういう把握の仕方をしたいのかによってミクロレベル、あるいはマクロレベル、さらには現在起きている経済の変動そのものの把握ではなくそもそも経済が動いている法則そのものへの理解、そのような学術上や調査研究上の必要性に応じて使用する理論を分けると言うことです。たとえばお米と言うもの一つを見ても、農業関係者はどうすればお米がよく育つかの研究に関心を持つでしょうし、栄養学の研究家はお米にどのような栄養が含まれているかに関心を持つでしょう。そのように、同じ事象でも必要性に応じて研究の角度が変わると言う意味です。ここでコンピューターシミュレーターを気合いを入れて作れば、もちろんパソコン上で全ての経済的な動きを再現できるかもしれないですが、ゲームのシムシティで一軒一軒の家のコンディションをいちいち見てまわることができないのと同様、結局経済がどういう法則で変動するのかと言う理解を人間の脳で把握しきることができません。ですからそれは、経済の動きを単純化して説明できる方法が必要になると言うことです。そしてどのように単純化して説明すべきかの状況の使い分けに応じて使用する経済理論も変えることになります。>

経済学部について質問です。

経済学部について質問です。
私は数学が出来無いわけではないのですが、正直言うと好きではありません。
調べると、数学が苦手でも大丈夫、や、数学が苦手ならそれを避けた科目を取ればいい、と書いてあったりします。
ある程度の数学は避けられないようですが、その程度ならできそうです。
大学について詳しくないのでよく分からないのですが、経済学部で数学を避けて科目を履修するには、どんな科目があるのですか?どんな学習が必要ですか?

経済学部のある大学のシラバスを確認してみてください。

経済を学ぶためにお勧めの本

経済を学ぶためにお勧めの本経済について学びたいと考えています。
あなたが実際に読んだ本でお勧めを教えていただきたいです基本的なことも少ししかわかっていないので、初心者でも読みやすくてわかりやすいものでお願いします。
できれば最近の情勢や政策などが載っているものが良いです

初心者向けの経済の入門書を紹介します。
■伊藤元重『はじめての経済学』(日経文庫上下巻)■岩田規久男『景気ってなんだろう』(ちくまプリマー新書)■根井雅弘『入門 経済学の歴史』(ちくま新書)伊藤元重も岩田規久男も主流派の経済学者。
どちらの本も理論だけでなく現実の経済もわかりやすく解説しています。
しかし根井雅弘の本や以下のような本を読むと主流派の問題点に気づきます。
■小野善康『成熟社会の経済学』『景気と経済政策』(岩波新書)■松原隆一郎『日本経済論―「国際競争力」という幻想』(NHK出版新書)■安冨歩『生きるための経済学』(NHKブックス)■宇沢弘文『経済学の考え方』(岩波新書)■伊東光晴『ケインズ』(岩波新書)■堂目卓生『アダム・スミス』(中公新書)■水野和夫萱野稔人『超マクロ展望 世界経済の真実』(集英社新書)本当に経済をきちんと理解しようと思ったら、上のような本を何冊か読んで“問題意識”(=興味・疑問・反感など)を高めた上で経済学の教科書を読むといいでしょう。
それから再び、様々な経済書へ。
教科書は、ハイルブローナーサローガルブレイス共著の『現代経済学』(上下巻)が非常に面白くて、私は楽しく学びました(入手は古本のみ)。
スティグリッツやマンキュー、クルーグマンの教科書も定評があります。
これらアメリカの経済学教科書は高校レベルの基礎から丁寧に解説しています。
日本人の書いた教科書なら、伊藤元重の『入門』『マクロ』『ミクロ』(日本評論社)のほか、■吉川洋『マクロ経済学』(岩波書店)■林敏彦『需要と供給の世界』(日本評論社)その他の経済書detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1029908145

基礎なら高校の教科書がオススメ
www.jikkyo.co.jp/highschool/syougyou/textbook/h24/
教科書を扱ってる書店にあります。>

経済成長の「目的」は何ですか?お金を稼ぐ目的は何ですか?

経済成長の「目的」は何ですか?お金を稼ぐ目的は何ですか?推進派は、よく経済的理由を持ち出します。
いわく「火力で代替すると燃料費が嵩んで貿易赤字になる」「再生可能エネルギーには膨大なコストがかかる」「原発が高価でも、そのお金は国内で循環する」・・・・・等々これらの主張は直感的に言っておかしいと思うのですが、問題は「どこがどういう理由で」おかしいか、です。
この問題を解決するための前段階として上述の推進派の論理を分析してみます。
1.人権や環境その他よりも経済を重視している2.経済の中でも、「金銭」を「資源・製品・サービス」よりも重視している3.「日本」が金銭を多く持つことに固執しているという結果になりました。
この質問は2に関わるので、この点をもう少し説明すると、「経済重視」の立場に立ったとしても、資源・製品・サービスを重視する立場から言えば、国富が海外に流出しようが、コストがかかろうが、必要なもの(原発問題の文脈で言えば、『安全な電気』)を入手できるならそれで問題ないわけです*電気よりも分かりやすい事例としては食糧が挙げられます。
食糧を海外から買わなければ日本のお金は海外に出て行きませんが、必要だから大枚払って買うわけです金銭を重視する立場に推進派が立つとして、それが問題だろうか?問題だとしたら何故なのか?を考えるのが次のステップとなりますここで金銭の機能(の一部)に注目します。
「交換」機能です。
つまり、「資源・製品・サービス」と交換する、平たく言えば「買う」機能です。
金銭は「資源・製品・サービス」を入手するための「道具」なわけです。
ここまで来ると、「金銭を重視する推進派の主張」の何がおかしいか、が分かります。
それは「道具」に過ぎない金銭を「目的」である製品・サービスよりも重視する「本末転倒」なところがおかしいわけです目的と手段という表現を使いましたが、「人権・環境・経済」を目的・手段連関で整理してみます。
1:人間の究極目的はその人の幸福であり、それには生命・健康の維持、便利な生活などが含まれる2:その究極目的の実現のために、様々な資源(食糧・清浄な空気や水)や製品(住居・衣服・家電)やサービス(娯楽・医療)などが必要である3:その資源・製品・サービスを生産・維持するために工業や天然資源の保全(例えば、農地を放射能汚染させないなど)が必要である4:お互いが労働によって成し遂げたもの(資源獲得・生産物)を交換するために、お金が必要であるすると、金銭はかなり下位の手段であることが分かりますし、本末転倒さがもっとはっきりと分かりますとはいえ、これは自分の分析にすぎません補足推進派の方は、経済の機能・金銭の機能について、経済成長をすることの意義、お金を稼ぐことの目的について別の傾聴に値する思想を持っており、そうであるが故に金銭を重視するのでしょう。
問題は、しかし、その「思想」は性格にどのような内容のものか、です。
そこで冒頭の質問になります経済成長の目的、お金を稼ぐことの目的は何ですか?

>経済成長の「目的」は何ですか?お金を稼ぐ目的は何ですか?>推進派は、よく経済的理由を持ち出します。
要するに、質問者さんは「原発推進派は、生命や安全や健康よりも、お金と経済成長を重視する守銭奴だ」と言いたいんですね。
まあ、それでも構いませんが。
僕は原発推進派ですが「生命や安全や健康」も「お金と経済成長」もそれぞれに重視しています。
そこに何の矛盾も感じません。
僕は「生命や安全や健康は、お金と経済成長によって守られる」と思っています。
もっと極端に「命は金で買える」と言ってもいいでしょう。
もちろん、お金があれば死んだ人が生き返るという意味ではありません。
僕はプロフに書いている通り、2007年に自殺未遂しています。
実はそのとき、急性肺炎を起こし、40度以上の高熱と呼吸不全に陥り、ICUに3日間入れられて、人工呼吸措置を受けて一命を取り留めました。
21世紀の、世界に冠たる経済大国の日本だったからこそ、救急車で運べる近場の病院にICUが在り、そのおかげで僕の命は救われました。
言うまでも無いことですが、現在地球上に生存している70億を超える人間のうち、ICUによって命を助けてもらえる人間はほんの一握りです。
世界の人々の大半は貧困であり、ICUどころか、単なる下痢止めが入手できないために、脱水状態になって死んでいく人がたくさんいるのです。
経済成長を続ける世界最高クラスの先進国である「21世紀の日本」に生きていることは、それだけで命を落とすリスクが、貧困国に暮らす大多数の人類に比べて、比較にならないほど小さいのです。
また、これもプロフに書いていますが、僕には不妊治療(体外受精)で授かった息子がいます。
不妊は妊娠と同じで「病気」ではありません。
健康保険は適用されません。
従って不妊治療の費用は100%自己負担です。
3回目の体外受精でやっと息子を授かりました。
自慢じゃありませんが、僕は結婚した時点で1200万円以上の蓄えがありました。
住宅財形・一般財形・個人年金などです。
いつか土地付き一戸建ての家が欲しかったし、老後の生活にも余裕が欲しかったから、こつこつ貯めていたのです。
その蓄えは、不妊治療によってほぼゼロになりました。
それでも「もったいなかった」とは思いません。
1200万円と引き換えに、息子を授かれるなら安いものです。
お金はまた稼ぐことが出来ます。
しかし年齢的に(特に妻の)もう不妊治療を受けるのも限界だったのです。
最後のチャンスでした。
このことについても、僕は21世紀の日本に生きていたからこそ息子を授かったのだと思います。
昔の日本なら「子供は授かりものだから仕方が無い」とあきらめていたでしょう。
あるいは貧困国に暮らしていたら、不妊治療など受けるチャンスすらありません。
また、僕の息子はお世話にならずに済みましたが、超未熟児として早産で産まれた赤ちゃんは、この21世紀の経済大国・日本なら、NICUに入れてもらい、小さな命をこの世につなぎとめるためのあらゆる医療処置を受けて、無事に両親に引き取られます。
これが貧困国なら、あるいは昔の日本なら「早産のため出生後まもなく死亡」で終わりです。
>経済成長の目的、お金を稼ぐことの目的は何ですか?日本が経済成長の無い貧困国なら見殺しにするしかない命を救うためです。
お金が稼げなかったら産まれるチャンスを与えられない命に、産まれるチャンスを与えるためです。
僕はそういう意味で「命は金で買える」と考えているし、国の経済成長も個人がお金を稼ぐことも、命のためだと思っています。
自分自身の実体験として、自分の命は経済大国である21世紀の日本だから救われたし、息子の命は僕がお金を稼いでいたから授かったのだという事実があるからです。

質問内容の「人権・環境・経済」1~3までのものをお金で解決することができます。
逆に、例えば農産物で土地が手に入ったり医療サービスが受けられたりするわけではありません。
様々なものに変換できるため金銭を必要としているのです。
色々なものに変換できるものを備蓄しておくことは、不確定な将来への保険にもなります。
将来が不確定である以上、保険となるお金の備蓄に「十分」というものはないです。>近年は金融と数字に偏り見失っていますが
経済は数字より内容が大切です
中国はGDPが大きく成長しました
しかし経済成長の為の人間の存在かのような
経済従属要素が強すぎた為に公害・人命・言論・格差など社会混乱は増加しました
そして反政府の脅威から軍部拡大に巨大投資しエントロピー増加は著しい
経済恩恵による豊かさに個人差はありますが
中国はバブルが去った後に中国がそれ相応の豊かな社会、豊かな人間の営みになったか疑問が残るでしょう
人間と社会を豊かな営みにするものとして経済を活用する側に人間がなければ
経済追従の使われ追われる側になり豊かな営みは生まれません
経済・産業・労働は不毛なものになりやすい
日本は経済衰退にありますが経済が活用されなくなってきてますね
大企業内部保留260兆、政府の借金1000兆(ダブついたお金)
それぞれが社会ではなく経済従属として皆、守りと利権争奪に向いていれば政治腐敗や社会問題が増加しながら荒んでゆく要素が大きくなります
経済に使われる社会で顕著になるのは政治腐敗とマスコミの模造性
社会のどのような労力も出来る限り社会がより良くなる為に使われ報われたいですね
経済の為の命、経済の為の人間、経済の為の人生
それらが主体として強い社会では人間社会にとっての経済の有効性が薄れます
日本の自殺率に少なからず影響しているでしょう
逆に豊かな人間の営み
豊かな社会の為の経済という観念が主体としてあるなら
経済の為に費やす労力なども無駄ではなくなるでしょう
経済追従してたらいろいろな社会問題が増えてしまったというコントロール不全でなく
我々人間は物ではありませんから自ら社会を造れ清浄化も図れる活用側でありたいですね
意志やビジョンを持ち経済活用し社会を築くか、経済従属して経済に人が使われる社会かでだいぶ違います
死んだ経済や産業は社会劣化です>経済を語る人の多くは、お金を稼ぐことが目的で、お金を稼いでいます。
お金を稼いでいることの対価は、心の平安・安心です。
なぜなら過去50年間、経済成長が日常であり、それ以外は非日常だったので、それを認めることが不安なのでしょう。
しかし、現在の日本経済は「停滞」しているのではなく、「安定」しているのです。
身長が伸びなくなっても心配する必要はありません。
それは「成熟」し、大人になった事のあかし。
古い経済政策を廃し、新たな経済政策を模索するべき時代です。>経済成長とは「数合わせ」です。
誰かが「借金」とかいう概念を発明し、それに「金利」とかいうものをつける事にしてしまったので、数を膨張させ続けなくては計算が合わなくなってしまったのです。
でも、どうせ続かないのでどっかでご破算しなくてはいけませんけどね。>経済成長は雇用の安定のためです。
経済成長がなければ企業は新たな投資を行いません。すると失業率が上がります。
つまり仕事がなくて生きていけないのです。
雇用を守るためにはマイルドなインフレが必要です。>

【経済学説史】ハイエクとフリードマンの思想って、何が違うのですか??

【経済学説史】ハイエクとフリードマンの思想って、何が違うのですか??良かったら、教えて下さい!! (⌒-⌒; )

どちらも自由主義経済政策で、ケインズと正反対の経済政策ですがハイエクがケインズと同時代で、論敵でした。
フリードマンは、ケインズ系のシンクタンクで働いていたのでハイエクの悪口は言っても、ケインズの悪口は言わない人です。
ハイエクの場合、自由主義経済の優位性を説くとき観念的に自由は素晴らしいと説きますがフリードマンは経済指標を出して数値的に失業率・インフレ率・財政赤字の関連性を計算します。
二人とも政策の結論は似ていますが、数学的根拠を与えたのがフリードマンですね。

経済的用法

経済的用法分かりやすく言うと、どういう意味ですか?

経済に関する際の使い方の意。

経済的な合理性に適った(コスパの良い)使い方。>

経済学科と経営学科の違いと、数学が苦手でもやっていけるのは、どちらか。

経済学科と経営学科の違いと、数学が苦手でもやっていけるのは、どちらか。
あと将来社会科の教師になるとしたら、どっちの学部がいいかを教えてください。
調べてもここまでは書いてないので。
あと、よかったら総合政策学部で学ぶ内容と主な進路も教えてください!

経済学と経営学は、いずれも経済活動を研究対象とする学問が、研究の切り口や焦点のあて方が異なります。
経済学は、社会全般の経済現象そのものを研究対象とし、市場経済のメカニズムや国や自治体の財政の在りようなどを研究します。
また市場に対する政府の政策介入も研究対象です。
さらに歴史的な研究もあれば、数理モデルを使った抽象的な理論研究も重視します。
経済学のベースとなる理論としてマクロ経済学、ミクロ経済学の分野があり(マクロは国民経済全体が対象、ミクロは個々の経済主体の行動が対象)、高校レベルの数学が苦手な人は苦労するかも知れません。
経営学は、研究の切り口が、ビジネスの主体である企業に着目します。
経済学に比べると、実務的、ビジネス色が強い学問です。
企業の組織の在りようを研究する組織論、企業行動を研究する意思決定論や経営戦略論、企業の組織や行動の背景にある企業文化を研究する分野もあります。
企業経営に不可欠な会計学や財務分析等の研究もあります。
また最近では、企業経営のみならず自治体経営(公共経営)やNPOのような非営利組織の運営も研究テーマになっています。
経営学と同様に実務的、ビジネス色の強い学問に商学があります。
商学は、市場経済における商品の売買や流通について研究する学問です。
商業以外にも物流、保険、金融など商取引に関わる経済行為も研究対象となります。
また企業財務などの会計学といった分野も商学のなかでも扱われます。
商学の説明に「マーケティング」という言葉がよく出てきますが、「商品を売るための一連の企業活動のこと」で、売れる商品の企画・開発から、商品を知ってもらうための広告・宣伝、最終的な販売活動・店舗運営まで含む概念(活動)で、商売の肝といえます。
以上は学問としての違いなので、実際の経済学科、経営学科、商学科では、科目の比重は違うものの、他分野を学ぶことも可能なはずです。
特に経営学科と商学科はかなり重複しています。
また、それぞれの学科で就職状況については、民間企業への就職に関してはほとんど差はないでしょう。
公務員志望者は経済学科がやや多く、公認会計士や税理士などをめざす人は経営学科、商学科で会計学を専攻することが多いと思います。
(大学にによっては会計学科を置いているケースもあります)数学がより重視されるのは、先の説明のとおり経済学です。
経済学の醍醐味を味わうためには、高校レベルの数学の理解は不可欠です。
経営学の場合も数理的なセンスがあるに越したことはありませんが、微分・積分や行列などを直接扱わずに済ませることも可能です。
社会科の教師に関してはそれほど有利不利はありませんが、あえてどちらかを選ぶならば経済学科の方が、政治経済(公民分野)のみならず、地理分野に関わる経済地理学、歴史分野に関わる経済史学を学ぶチャンスがあるので良いかも知れません。
総合政策学部は、学問分野で考えると、経済学、経営学、法学、政治学などの社会科学の方法論を横断的・学際的に学び、現代社会の様々な課題に対する問題解決の方策を探ります。
進路としては、他の社会科学の学部と同様に多くが民間企業のサラリーマンになるでしょうが、公務員として国や自治体の政策立案や遂行に関わることをめざす人やジャーナリスト志望の人も一定数いるでしょう。

経済的な理由で旅行に行けない人って意外と多いと思いますか?

経済的な理由で旅行に行けない人って意外と多いと思いますか?例えば卒業旅行などです。

経済面は大きいけど、優先度の問題もある。
私は無理すれば卒業旅行にも行けたけど、卒業までの4年間で既にあっちこっち(国内のみだけど)行ってたし、海外は社会人になってから行く機会もあるし、就職前の体を危険に晒したくなかったし(笑)、それを踏まえてまで行きたい所もなかったし・・。
で、最後は卒業旅行に行って、友人たちが空けたバイトシフトの穴を埋めてた(泣)。
金に余裕があれば、ブラっと行ったかもね。
当時、ピースボートとかあったかな?

経済史を学ぶには、経済学部と文学部のどちらを選択した方が良いと考えますか?

経済史を学ぶには、経済学部と文学部のどちらを選択した方が良いと考えますか?理由も含めて意見をお願いします。

間違いなしに 経済学部です。
文学部が講座制で 史学科という講座(コース)があった時代ですら、経済史とい分野は 外様の学問扱いでしたから。
まして昨今では 文学部は幅広く勉強するというだけの学部です。
経済学部で 経済史というと近代産業が勃興してから後がメインになり、政策や金融・財政、貿易など 幅広い分野の基礎知識がなければ、経済の目で歴史を辿ることなど不可能です。
金融、財政、貿易はじめ 諸制度の問題点など 経済学部か経営学部でないと学べません既出ですが、社会に出て実務に入る時、経済制度や経済用語について本気で学んでいるのとそうでないのとでは、全く違います。

回答ありがとうございます。文学部が講座制で 史学科という講座(コース)があった時代…がいつからいつまでの事を指すのか、いまいち理解し難いですが、文学部で歴史を学んでいる人が経済史を学ぼうとした場合、経済学部に入り直す必要がありますか?>経済学は、現在の経済の分析による後付け理論と、将来の予測をする理論の2つに分かれ、基本的にアダムスミスなどの古典から経済という観点で学んで現在に生きる経済学を学んでおいた方が良いです。>将来、研究職を目指すなら文学部を勧めます。経済史の専門家など、大きな大学でもせいぜい2人です。よほど優秀でなければ就職の当てがない。
文学部なら、古文書の読み方や各国史の勉強ができます。俗な言葉でいえばつぶしが利くわけで、大学院を修了して就職先を探すときに役に立ちます。大学でなくても、市史編纂とか博物館学芸員など、歴史家としての基礎があれば就職口があります。>経済史と決めているのなら、経済学部ですよ。
経済学的な知識なしで本当の意味での経済史なんて学べない。
また、現実的な面(就職etc)でも経済学部ですよ。
文学部はナシです。
(東大・京大の文学部orお家が就職の心配ないぐらいの大金持ちの場合を除く。)>経済学部です。
経済学部なら大抵の大学に「経済史」という履修科目があるからです。>

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